|神奈川県|読めるかな?伊勢原市で見つけた「復舊記念」の碑
自然災害伝承碑 – 復舊記念
2023年10月2日 曇り時々晴れ
さあ、またまた読み方が難しい自然災害伝承碑の名前がやってきましたよ~。今回の碑の名前は「ふっきゅうきねん」です。「舊」は旧字体で、現代の漢字の「旧」と同じだそうです。なるほど、「復旧記念」だとぐっと読みやすくなりますね。古い石板などでは当然ですが旧字体が使われているので(この碑も建立は1926年)、解読が難しいことが多々あります。でも知らない文字や単語などに出会うと「調べてみよう」という気になるので自身の勉強になって良いです。また碑文は旧字体以外にもくずし文字だったり、漢字+カタカナだったりとその時々の時代背景によって違っていて、これも碑文と出会う楽しみの一つになっています。また日本語以外でも歴史や、地理など多岐にわたる分野について学ぶことができるのも自然災害伝承碑を探訪する醍醐味です。

さて、今回の碑は「復旧記念」という事なので何かから復旧したのだと思いますが、なんだと思いますか。実はこちらも関東大震災の碑なんです。碑は神奈川県の伊勢原市にあるのですが、こんなところまで関東大震災の影響があったのですね。この地域では重ねて関東大震災(1923年)の翌年の1月15日にも地震があり、この2つの災害で旧高部屋村では建物の全壊が170件、1名の方が亡くなっています。またこの碑がある洞昌院の敷地内にある建物なども倒壊しましたが、地域の方の協力で復興することができました。この復興を記念して建てられたものがこの自然災害伝承碑です。碑文の文字が細く、彫りが浅いので全て読めませんでしたが、一番左の行にある「復興」の文字は読めました。でもこうやって石碑が風化していくんだな~と思うとちょっと寂しく感じました。最初にも書きましたが碑文を読むのも自然災害伝承碑の醍醐味なので、なるべく読みやすい状態で後世に残せればよいなと思います。
- 碑名: 復舊記念
- 災害名: 関東大震災(1923年9月1日)ほか
- 災害種別: 地震
- 所在地: 神奈川県伊勢原市上粕屋1160
- 内容: 大正12年(1923)9月1日の関東大震災と翌年1月15日の大地震により、旧高部屋村は建物の全壊が170軒、死者は1名の被害があった。洞昌院境内の建物はことごとく倒壊したが、村内の人々の協力で復興した。
おまけ – 太田道灌公之墓 (洞昌院)
今回の自然災害伝承碑がある場所は伊勢原市にある洞昌院の敷地内なのですが、その洞昌院には太田道灌という武将のお墓があります。ちなみにここには首は無く、首塚は大慈寺という別のお寺の近くにあります。彼は江戸城を築城したり、歌道をたしなんだりと文武共に優れた武将でした。それ故にでしょうか、なんと主君により暗殺されてしまいます。なんだか複雑な気持ちになりますね。そしてその太田道灌の最後の地がこの伊勢原だったそうで、この洞昌院で荼毘に付されたそうです。結(Yui)は太田道灌の名前ぐらいしか聞いたことがなかったのですが、まさかそのような数奇な人生を送られていた人だったとは知りませんでした。周りは静かな住宅地で、まさかそんな深い歴史がある場所だとは思いもよらず驚きました。もしご興味がある方は一度足を運んでみてください。
結(Yui)でした。ではまた~☆

参考リンク:いせはら文化財サイト>>太田道灌の墓(洞昌院)https://www.city.isehara.kanagawa.jp/bunkazai/docs/2013060300292/#main



