土砂災害

自然災害伝承碑|富山県|記念碑だらけの公園にあるのはやっぱり記念碑でした

Yui

こんにちは。結(Yui)です。友人のベルちゃんと一緒に自然災害伝承碑をマップにピン建てしていくプロジェクトを一緒に行っています。

紀念碑

 さあ、やってきました富山市。前回までは高岡市だったのですが今回は富山市へ行ってきました。富山市最初の碑は、飛越地震(1858年)の碑です。飛越地震とは、昔の越中と飛騨北部(現在の富山県と岐阜県)の境で起こった地震です。この地震では、岐阜県側も富山県側も大きな被害が出てきますが今回は富山県側のお話です。

 この飛越地震で大鳶山と小鳶山という2つの山が崩れ、その崩れで湯川がせき止められて湖水ができました。ところがその湖水が地震から2か月後、川をせき止めていたところを湖水の水が貫いて湯川から常願寺川という別の川へと流れ込み、大洪水となりました。その大洪水で下流では64名の方が亡くなりました。この記念碑は三十三回忌の記念に建てられたそうです。

記念碑が沢山ある広田用水公園。その中にある記念碑:筆者撮影

 この記念碑がある広田用水公園内には、記念碑がいくつも建っていてちょっとびっくりしました(最初の写真にもある碑達は自然災害伝承碑とは別の記念碑です)。どれも「記念碑」と書いてあるので、最初どれが自然災害伝承碑なのかわかりませんでした💦農業系の碑や水路系の碑などがありました。農地改革の記念碑や用水路改修の記念碑などは自然災害伝承碑と同じように全国にありますが、よく考えれば災害がもとで用水路の改修が必要だったかもしれないですしね。ひょっとすると関係が深いものもあるかもしれません。そう考えると点と点でつながっていたものが線になって見えてきたりしますね。

碑名: 紀念碑

災害名: 飛越地震(1858年4月9日), 土石流(1858年6月7日)

災害種別: 洪水・土砂災害・地震

所在地: 富山県富山市荒川二丁目(広田用水公園内)

おまけ – 富山城

 本日のおまけは富山城です。富山城は富山城址公園の中にあり、内部は富山市郷土博物館となっています。結(Yui)の富山城の一番のおすすめは石垣です。千歳御門側の面にある石垣はカラフル。色が違うのは石の種類が違うからなのですが、一か所の山から切り出したといったものではなく、いくつかの河川から運んだものではないかと言われているそうです。だから角が丸くなっているのだとか。写真の石垣は他の場所より新しそうなので、おそらく後の時代に積みなおしたものだと思いますが、それにしてもなかなか見ないカラフルさです。

千歳御門側の面にあるカラフルな石垣:筆者撮影

 富山城石垣のもう一点の魅力は、いろんな石垣があることです。野面積みや布積みなどもありますし、石の大きさも小ぶりの石で積んでいる場所もあれば比較的大きな石で積んでいる場所もあります。また正面のところは大きな鏡石もあり、なかなか見飽きない造りになっています。

石垣の事ばかり語ってしまいましたが、千歳御門は富山城創建当初の建築物です。富山城に行く際にはこちらも必見ですよ。

別の場所にある石垣:筆者撮影

結(Yui)でした。ではまた~☆

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一般社団法人 災害伝承普及協会
「みんなの心をつないで防ぐ」をコンセプトに活動しています。防災における災害伝承の大切さを発信しています。自然災害伝承碑の探訪を通し、石碑に残された先人の思いやりの心をいつも感じています。防災のことや心理学の事を発信しています。
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