自然災害伝承碑|和歌山県|全員無事。石碑が伝える仏力の擁護と日常に隠された避難の知恵
こんにちは!ベルです。全国の自然災害伝承碑をめぐる旅をしています。今回は太平洋を望む和歌山県すさみ町です。安政南海地震による大津波から住民全員が避難して命を救われた記憶と、その記憶と教訓を「信心」と「毎年の行事」で現在まで繋いできた先人の驚くべき知恵を伝える、大日山の「為後鍳(のちのためのかがみ)」碑を訪ねました。
暗闇を切り裂く警鐘と、全員救われた奇跡。
【訪問日:2023.10.28】
すさみ町周参見にある、周参見王子神社の裏山(大日山)の頂上に、安政南海地震の津波の記憶を伝える「為後鍳(のちのためのかがみ)」碑が静かに佇んでいます。 この碑は大津波に襲われながらも、ある「お堂」を目指して避難したことで住民全員が助かったことと仏恩へ報いるために建てられました。

碑の概要

- 碑名: 為後鍳(のちのためのかがみ)
- 災害名: 安政南海地震(1854年12月24日 / 嘉永7年11月5日)
- 災害種別: 地震・津波
- 建立年: 1857年
- 所在地: 和歌山県西牟婁郡すさみ町周参見字山崎(大日山頂上)
- 伝承内容
- 嘉永7年11月5日の午後4時頃、突然大地震が発生し、続いて激しい大津波が襲ってきて家屋が浸水した。
- しかし、山崎村は背後に高い山(大日山)があり、その山頂には大日如来を安置する小さな祠(お堂)があった。
- 村民たちはこの頂上へと避難したことで、全員の命が救われた。
- 命が助かったのは大日如来の仏力の擁護と、村民みんなの信仰のおかげであり、その仏恩に報いるためにこの碑が建てられた。
全員生還の背景にあった仏力の擁護と篤い信仰
津波によって多くの家屋が浸水するほどの恐ろしい状況の中、人々は一人の犠牲者も出すことなく、全員が山頂へと逃げ延びることができました。
この「全員無事」という生還の背景について、当時の人々が刻んだ碑文には、非常に印象的な言葉が残されています。 それは、「想うに、まさに仏力の擁護と村民みんなの信仰のおかげである(想当因仏力擁護衆挙尊信焉)」という一文です。
単に「裏山が近かったから」「急いで逃げたから」という物理的な理由だけではありません。日頃から村民みんなが大日如来を篤く尊び、同じ信仰のもとに心を通わせ、未曾有の大災害のパニックの中でも、全員が迷うことなく山頂のお堂を目指して一丸となって避難することができたのです。
大日如来の慈悲深い力が力強く擁護してくれたのだという深い感謝の念。 神仏への祈りと、それを共にする村民の強い心の結びつきこそが、絶望的な津波からみんなの命を救い出した本質的な力だったのですね。
仏恩に報いるための「大日講」
日常の行事に埋め込まれた避難ルートと訓練
大日如来への感謝の気持ち(仏恩)を忘れないためにと、住民たちはお金を出し合ってこの「為後鍳」碑を建立しました。そして、その感謝の心は、ただ石碑を建てるだけでなく、暮らしの中に「記憶を風化させないシステム」として受け継がれていくことになります。
それが毎年1月28日に行われる「大日講(だいにちこう)」という法要(お祭り)です。当日は頂上のお堂にみんなが集まり、賑やかに餅投げが行われるのですが、この行事そのものが驚くべき防災システムになっていたのです。
まず、お祭りの10日前になると、「区民総出で登り口の道路補修や草刈り、頂上のお堂の掃除」を行います。これは大日如来への敬虔な信心の表れであると同時に、「いざという時に、誰一人つまずくことなく一気に駆け登れる安全な避難ルートを、毎年必ず美しくメンテナンスし続ける」という自動的な仕組みになっていました。
さらに、当日お堂へ餅を運ぶ際には、区長が先頭に立って「小太鼓」を鳴らし、住民たちは「オウオウ!」と掛け声を出しながら山を登っていきます。 楽しげな行事の裏に隠されていたのは、「夜間に津波が襲ってきた時、暗闇の中でも太鼓の音と互いの掛け声を頼りに、誰一人見失うことなく全員で山頂まで登りきるための、極めて実践的な夜間避難シミュレーション」だったのです。
神仏への感謝(ソフト)と、山頂のお堂(ハード)を、毎年のお祭り(日常)によって回し続ける。先人たちが遺したこの「祈りと備え」のシステムには、何百年経っても子孫の命を守り抜くという、優しく、そして極めて強固な知恵と意志が満ちています。すばらしい命を守る知恵ですね。近年まで1月28日は防災訓練などがなされていたそうですが、いま現在はこの日に何かをするということはしていらっしゃらないようです。
とはいえ、こちらは「津波」での指定緊急避難場所になっており、現地の山頂には防災倉庫らしきものや、大日如来様がいらっしゃると思われる祠もあり、広場は草が伸びておらず手入れがなされている様子があり、すばらしいと思いました。

〜おまけ〜 黒潮がもたらす海の恵みと、科学が証明した避難所の安全性
今回ご紹介した山頂の指定緊急避難場所ですが、なんと現代の最新科学でもその「正しさ」が実証されているんです! 最新の津波シミュレーションデータによると、すさみ町にある「為後鍳」碑(大日山頂上)の場所の浸水確率は、1,506通りの最悪のシナリオを仮定しても「0%」という完璧な結果が出ています。先人たちが信仰の力に導かれ、みんなで手を取り合って登った避難場所が、まさに絶対安全な領域であったことが、科学的にも証明されているのです。すごいですね。
そんな、海を正しく畏れ、祈りと共に共生してきたすさみ町は、実は明治以来、カツオの「ケンケン釣り漁」の全国屈指の基地としても知られています。 黒潮の恵みを受けた新鮮なカツオや、戦前から行われている良質な「すさみレタス」、そして温暖な海岸に美しく咲く町の花「ハマユウ(浜木綿)」など、豊かな自然に包まれた本当に魅力的な町です。 世界遺産に登録された熊野古道大辺路街道を歩きながら、先人の深い祈りと防災の知恵を肌で感じる旅に、皆さんもぜひ訪れてみてください!
ベルでした!
自然災害伝承碑めぐりの記事は毎週木曜日に更新しいています。
ぜひ、ほかの記事もご覧ください。





