洪水

自然災害伝承碑|富山県|暴れ川庄川のすごさ

Yui

 今回は初めての県、富山県です。さて富山県にはどんな自然災害伝承碑があるのでしょうか。では行ってみましょう~。

洪水水位標

 今回の自然災害伝承碑は、富山県の射水市にある碑です。富山県には庄川という川が流れていますが、この川が1934年の7月に大洪水をおこしました。この庄川流域は以前から何度も洪水に見舞われていたそうです。江戸時代には数十回、明治時代にも30回以上、昭和でも平成でも洪水が起こっています。明治時代に30回以上ってすごいですね。

 さてこの1934年の洪水ですが、上流の岐阜県の山岳地帯で豪雨になりました。その水が勢いを増しつつ当然下流にも流れてきています。流れてきた水は最高水位13.10m、最大流量は3,361m3/sを記録しています。最大流量3,361m3/sがどれぐらいすごいかというと、学校などの一般的な50mプール(約500m³)をたった0.15秒で満タンにする規模です。ものすごい水量ですね。当時の写真などの資料を見ると踏切が押し倒されていたりして、そりゃ堤防も切れますわ…と納得してしまいました。ちなみに庄川流域では国土交通省の資料を見ると明治だけでも6回は堤防が決壊しています。明治は約45年間ぐらいだったと思いますので、平均すると7~8年に一度堤防が決壊するほどの洪水があったことになります。その間にしても堤防が決壊するほどではないにしろ大雨だってあったでしょうから、本当に水害は大変だったと思います。

 実はこの庄川洪水の洪水水位標、他に5つの洪水水位標(合計6)と1つの破堤箇所標があり、いずれも比較的近くにあります。私は今回全部回れませんでしたがいくつかは回れましたので、これからひとつづつ紹介していきたいと思います。

碑名: 洪水水位標

災害名: 庄川洪水(1934年7月11日)

災害種別: 洪水

所在地: 富山県射水市北野(越中大門駅ロータリー)

内容: 昭和9年(1934)7月の庄川洪水による水害体験者の証言によると、濁流は北陸線でせき止められ旧小杉町戸破地内まで及び、その後線路の一部が崩壊し新湊地内まで達した。後世に伝えるため、旧大門町内6箇所に洪水水位標が設置されている。(この地での洪水位 8.25m)。

参考URL: 国土交通省HP>>水管理・国土保全>>庄川

おまけ – 高岡大仏

 突然ですが、日本三大大仏を皆さんはご存じでしょうか。結(Yui)がぱっと思いつくのは奈良の東大寺の大仏、鎌倉の大仏です。確かにこの2体は日本三大大仏なのですが、しかしあれ?後一体はどの大仏なのか…。そこで調べてみたところ、京の大仏というものがあったらしいのですが、1973年に焼失してしまってしまったそう。その後その空いたポストの大仏候補にはいくつかの諸説があるそうで、今回の高岡大仏もその候補の一つだそうです。確かに先の2体の大仏よりは小ぶりですが、なかなかの大きさでした。またこの高岡大仏はイケメン大仏という事でも有名だそうですよ。あまり大仏の顔を見比べてみたことがなかったのですが、確かに端整なお顔立ちかも。また境内の入口から台座までまっすぐ伸びた参道があるのですが、近づくにつれ半眼から少しずつ目が開いてきます。台座まで歩く際にはそこにも注目しながら歩いてみてください。ちなみにこの台座の中は回廊になっていて仏画が展示されていました。行く機会がある方は中も見てみると面白いですよ。

結(Yui)でした。ではまた~☆

参考URL: 高岡市観光協会>>高岡大仏

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一般社団法人 災害伝承普及協会
「みんなの心をつないで防ぐ」をコンセプトに活動しています。防災における災害伝承の大切さを発信しています。自然災害伝承碑の探訪を通し、石碑に残された先人の思いやりの心をいつも感じています。防災のことや心理学の事を発信しています。
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