地震

|新潟県|ちょっと怖い名前?三条地震の被災者を今も守る「地震亡霊塔」

Yui

自然災害伝承碑 – 地震亡霊塔

2023年9月10日 晴れ

 今週も新潟県ですがちょっと場所を変えて三条市です。この三条市にある自然災害伝承碑は「地震亡霊塔」です。1828年(文政11年)11月12日(旧暦)の午前8時頃三条地震が起きました。この地震はマグニチュード6.9の直下型地震で、信濃川に沿った燕市、三条市、見附市、長岡市などで大きな被害が発生しました。この日は六斎市が立っていたり、朝の時間で煮炊きをしていたことから倒れた街並みから一斉に火の手が上がり、町は大混乱となりました。関東大震災の際もそうでしたが、朝やお昼などご飯の準備などで火を使っている場合は、特に火事にも気を付けないといけないですね。この三条地震における被害は、現在の三条市域で全半壊家屋3,160軒余り、焼失家屋900軒余り、死傷者1,040名にまでなりました。消失家屋が900軒余りというのがびっくりです。

ちなみに六斎市というのは国土交通省北陸地方整備局の千曲川辞典によりますと

中世から近世にかけて、月のうち6回開かれた定期市のことをいいます。六斎とは仏教の用語で、月6日は戒めをもって身をつつしむべきことを意味します。六斎市は自由営業をたてまえとし、地域の商業活動を活発にするために諸大名の保護を受けてにぎわいました。現在でもその名残りが各地に市日として定着し、定期的に行っている地域があります。

という事です。今ではあまり見ませんが、昔はこういった市が各地にあって賑わっていたのでしょう。そんなさなかに起こった地震です。皆さんさぞびっくりしたでしょう。

自然災害伝承碑 – 無縁の被災者を供養している地震亡霊塔:筆者提供

そして、この自然災害伝承碑の名前。なんだかちょっと怖い名前ですが(亡霊ってその漢字の通り亡くなった方の霊という意味だと思うのですが、聞くとなんだか怖い幽霊のようなものを想像してしまうのはなぜでしょうか?)、この碑がある宝塔院の当時の和尚さんらが願主となり、この災害で亡くなった無縁の被災者を葬り、供養されるために建てた五輪塔だそうです。名前はちょっぴり怖いけど、和尚さん達の慈悲の心が詰まった自然災害伝承碑でした。

  • 碑名: 地震亡霊塔
  • 災害名: 三条地震(1828年12月18日)
  • 災害種別: 地震
  • 所在地: 新潟県三条市東裏館1-6-5(宝塔院)
  • 内容: 文政11年(1828)11月12日(旧暦)午前8時頃に発生した三条地震の碑。震源に近い三条では、六斎市でにぎわい、朝の煮炊きのさなかの大地震で、その被害は現在の三条市域で全半壊家屋3,160軒余り、焼失家屋900軒余り、死傷者1,040名であった。

参考URL:国土交通省北陸地方整備局HP>>千曲川辞典>>六斎市: https://www.hrr.mlit.go.jp/chikuma/gakushu/jiten/keylist/ra/rokusaiiti/index.html

おまけ – 良寛

この地震亡霊塔があるのは三条市にある宝塔院という曹洞宗のお寺です。こちらのお寺は良寛とゆかりのあるお寺だそうです。ところでこの良寛は越後出身。新潟では「良寛さん」と親しみを込めて呼ばれています(この看板ではさまになっていますがお寺だからでしょうか)。結(Yui)も新潟に行くまで良寛さんが新潟出身のお坊さんだとは知りませんでした。

良寛さんは裕福なお家の出身でしたが出家をし、お寺を持たず、托鉢で生計を保たれていました。食う寝るというのは人間の基本的欲求ですが、それを他人にゆだねられるなんてすごいな、と思います。人間はとかく執着してしまいがちですが、良寛さんは執着を手放せる方だったのでしょうね。私もこうありたいな~と思いました。良寛記念館というものもあるようなので、機会があれば次回是非行って見たいです。行ったらまたレポートしますね。

結(Yui)でした。ではまた~☆

参考URL:
長岡観光ナビ>>良寛:https://nagaoka-navi.or.jp/feature/ryoukann/top

ABOUT ME
husegu
husegu
一般社団法人 災害伝承普及協会
「みんなの心をつないで防ぐ」をコンセプトに活動しています。防災における災害伝承の大切さを発信しています。自然災害伝承碑の探訪を通し、石碑に残された先人の思いやりの心をいつも感じています。防災のことや心理学の事を発信しています。
記事URLをコピーしました