土砂災害

|福島県|こちらも1956年の水害の碑

Yui

こんにちは。結(Yui)です。友人のベルちゃんと一緒に自然災害伝承碑をマップにピン建てしていくプロジェクトを一緒に行っています。今回は福島最後の回です。

水害之碑

2022年12月10日

前回の「大洪水之碑」からさらに南へ行ったところにある「水害之碑」です。実はこの碑にたどり着いた時、私の知識不足により「水害之碑」という文字が読めず前を通っているにも関わらず探してしまいました(特に「之」と「碑」、難しくないですか?)。国土地理院さんのマップを手に探していたのですぐ気がつけたのですが、達筆すぎて難しかった~。ちなみにこの碑の下にある「山津波○○いうまに大河原」という文字がありますが、○○のところも読めず…いろいろ検索してみたのですが、特に文献やアーカイブ系にもありませんでした。私は「夢雲」かな~と思っているのですが、皆さんは読めますか?

さて本題。この碑も前回、前々回の碑と同じく昭和31年(1956)7月の大洪水の際の碑で、松沢古沼溜池が決壊しそれに伴う土石流を発端として家屋3戸と耕地が大流失しました。また16名の方が亡くなり、さらに赤沢川流域に大水害が発生しました。この1956年の7月の大洪水はかなりすごかったのでしょう。「水害記念碑」のある雀林集落センターの場所からここを見るとかなり離れています。その辺り一帯が土砂崩れと洪水の影響により家屋、田畑の流出や死亡者などの被害が出たようです。前回にも書きましたが、自宅や職場などの建物の地形を考慮することも本当に大切ですね。

おまけ

合津若松で見つけた珍しい建物、その名も「円通三匝堂(えんつうさんそうどう)」(重要文化財指定名称は「旧正宗寺三匝堂」)、通称会津さざえ堂と言います。なぜ「さざえ」なのかというと、建物がさざえみたいな構造しているんです。

実はこの建物6角形なんですよ。中は写真の通り上り下りしやすいように木材を付けて工夫されていました。

バチカン美術館にも上りと下りの人たちがすれ違わない構造の階段があるのですがそれを思い出しました。しかし昔の人々は偉大ですね~、こういう素敵な構造物を思いつくのですから。

次回はまた新潟へ戻ります。結でした。ではまた~☆

参考サイト:

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一般社団法人 災害伝承普及協会
「みんなの心をつないで防ぐ」をコンセプトに活動しています。防災における災害伝承の大切さを発信しています。自然災害伝承碑の探訪を通し、石碑に残された先人の思いやりの心をいつも感じています。防災のことや心理学の事を発信しています。
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