自然災害伝承碑|富山県|水害体験者の証言が入った碑
最近本当に日本全国で大雨が多いですね。皆様水害、土砂災害などにはお気をつけください。さてここでは友人のベルちゃんと一緒に自然災害伝承碑をマップにピン建てしていくプロジェクトを一緒に行っています。今回も先週に引き続き富山県、射水市の庄川の洪水水位標シリーズです。
洪水水位標
前回の越中大門駅ロータリーにある碑と同じ災害の碑が後6基あるという事はお伝えしましたが、今回はその中から3基まとめて紹介します。すべて「洪水水位標」という名前です。庄川の洪水については前回紹介した通りですが、これらの自然災害伝承碑には、1934年7月の庄川洪水による水害体験者の証言を元にそれぞれ伝承が記されています。
越中大門駅ロータリーにある洪水水位標 (前回の自然災害伝承碑):
濁流は北陸線でせき止められ旧小杉町戸破地内まで及び、その後線路の一部が崩壊し新湊地内まで達した。(この地での洪水位 8.25m)
友遊広場にある洪水水位標:
洪水は鴨居の下まで達し児童は3日間学校で避難した。和田川の常盤橋を始め数橋が流失して交通が寸断され町の中は笹舟が行きかいした。

大門小学校駐車場にある洪水水位標:
二口集落のほとんどの家が床上浸水の被害を受けたが難をまぬがれた誓光寺や203の家には中田往来の通行人も含め100人余りの人が避難をした。(この地での洪水位 8.99m)

浅井コミュニティセンター駐車場にある洪水水位標:
校庭にもだく流が押し寄せ、下のグラウンドや集落内に家屋、立ち木と一緒に人も流されてきた。誕生寺の前で救助ロープで奇跡的に一命を取りとめた人もいた。(この地での洪水位 11.20m)

これらの碑は水位標としての機能もありますが、このような災害体験者の証言を元に具体的な伝承されているところが現実味もあり、臨場感も感じられて良いなと思います。またこの災害は1934年(昭和9年)に起こっていて、碑の建立年は1994年です。建立当時はまだ体験者の方たちがいたと思いますが、この碑をもし今、建てようと思ったら、実際の体験者の方々から直接証言を集めることが難しいのではないかと思います。そういうことを考えてもやっぱり自然災害伝承碑を建立する活動というのは有意義だなと感じました。
おまけ – 高岡古城公園
先週の高岡大仏からそれほど遠くないところに高岡古城公園という公園があります。結(Yui)はお城や石垣好きなので、「お城公園」とか「○○城(址)」などという名前を見ると行かずにはおれません(笑)。なので今回も特に下調べせずにふらっと歩いていて偶然見つけたのですが、行ってきました(下調べしていない時点で本当に好きなのか?と突っ込みが入りそうですが(笑))。この公園は前田利長が築城した高岡城の跡地にできている公園です。水濠がこれほど残っている城(あるいは城跡)は珍しいんじゃないかと思います(水濠だけど一部しか残っていなかったり、堀の水がほぼ無かったりするところが多い)。中には射水神社や動物園、高岡市立博物館などもありなかなか広い敷地でした。結(Yui)は夏行ったのですが、桜などもあったので春はまた違った風景が見れて綺麗なんじゃないかな、と思いました。次回は春に訪れてみたいです。


結(Yui)でした。ではまた~☆
参考URL: 高岡市観光協会>>高岡古城公園(高岡城址)



